1950年代の半ばに,イギリスとアメリカにおける2つの壮大な取り組みによって,コーンフィールドの見解が裏付けられた。過去を振り返る形の研究(遡及研究)で得た成果が多くの人に退けられるのを見たヒルとドールが,今度は直接的なアプローチとして,将来に向けての追跡研究(前向き研究)を行ったのである。2人はイギリスの4万人の意志に現在の喫煙癖について質問し,その後5年間追跡を続けて,誰が肺がんになったのかを調べた。これと平行してアメリカでは,E・カイラー・ハモンドとダニエル・ホーンが3年半以上にわたって,ニューヨーク州の50歳から69歳までの18万7783人の男性の追跡調査をした。どちらの国でも,死亡率は同じようなものだった。ヘビースモーカーが肺がんになる可能性は,喫煙しない人に比べて22倍から24倍にのぼり,しかももう1つ意外なことに,心臓や循環器系の病気になる可能性も42パーセントから57パーセントほど高かった。さらに,パイプより紙巻たばこのほうが危険だが,紙巻たばこの喫煙をやめればリスクは下がるということがわかった。
これに対して,反ベイズ派のフィッシャーやネイマンは,たばこが肺がんの原因であるという研究結果を受け入れることができなかった。この2人はヘビースモーカーで,フィッシャーはタバコ会社のコンサルタントとして謝礼をもらっていた。だがそれよりも大きかったのは,2人そろって,疫学的な研究には説得力がないと考えていたことだった。たばことがんに関係があるからといって原因であるとは限らない,と言われれば,たしかにそれはその通り。2人は1955年にそろって激しい反撃を開始した。今後の疾病率を予測するには,厳密に管理された実験室での実験で得られたデータや実地の実験が必要だ,というのがその主張だった。さらにこの反撃に,当時全米でもっとも有名だったミネソタ州ロチェスターのメイヨー・クリニックの医療統計学者ジョセフ・パークソンが加わった。たばこががんと心臓疾患の両方を引き起こすとは思えなかったのである。
シャロン・バーチュ・マグレイン 冨永星(訳) (2013). 異端の統計学 ベイズ 草思社 pp.210-211
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