CIAでは,分析官がベイズ法を用いて何十もの実験を行った。CIAは,不完全だったり不確かだったりする証拠から推論で情報を得る必要があるが,1960年代から1970年代にかけて,破滅的な出来事を少なくとも12回は予測し損なっていた。北ベトナムの南ベトナム侵攻も,OPECによる1973年の原油価格つり上げも予測できなかったのだ。CIAの分析官たちは,通常何らかの目処が付いたところで作業を終えていた。ありそうもない潜在的な大惨事は無視していたし,新たな証拠を取り入れて最初の予測を更新するわけではなかった。CIAはベイズに基づく分析のほうが洞察に富んでいるという結論に達したが,それにしてもベイズに基づく分析には時間がかかりすぎると判断した。そして,コンピュータに計算力がなかったために実験は放棄された。
法律の専門家たちは,これとは異なる対応を見せた。ベイズの法則が法的な証拠の評価に役立つのではないかという声があちらこちらで上がったものの,1971年にハーバード大学のロー・スクール教授ローレンス・H・トライブが発表したベイズの法則の応用に関する辛辣な論文が大きな影響を及ぼしたのである。数学士の学位を持つトライブは,ベイズをはじめとする「数学的装置やえせ数学的装置」は「法的な手順を数学的な曖昧さで覆い隠して重要な価値をゆがめ——ときには破壊する可能性がある」と糾弾した。これを受けて多くの法廷が,ベイズの法則を閉め出したのだった。
シャロン・バーチュ・マグレイン 冨永星(訳) (2013). 異端の統計学 ベイズ 草思社 pp.250
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