当時4歳だったベートーヴェンは,約20年後には卓越した演奏家になっていて,作曲家としても将来有望だった。しかし,彼もモーツァルトも「どういうわけか昔からよくできた」わけではけっしてない。サーカスのピエロがジャグリングの腕について「どういうわけか昔からよくできた」と言えないのと同じことである。
それでも,生まれつきの才能という神話はいつまでも廃れないだろう。今日に至っても,生まれつきの才能について論じられることはしばしばで,現実をもっとよく理解しているはずの科学者のなかにも,そういう話題を持ちだす人々がいる。この点は,年齢,階級,地域,宗教にかかわらない。
どうしてだろう?それは,われわれが神話に頼っているからである。生まれつきの才能と限界を信じるほうが,精神的に楽なのだ。自分がいま偉大なオペラ歌手になっていないのは,そうなる器ではないからだ。自分が変わり者なのは,生まれつきなのだ。能力は生まれたときから決まっていると考えれば,この世はより御しやすく,快適になる。期待という重荷から解き放たれる。また,他人との比較に悩まされることもなくなる。
デイヴィッド・シェンク 中島由華(訳) (2012). 天才を考察する:「生まれか育ちか」論の嘘と本当 早川書房 pp.141-142
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