環世界センスが太古の昔から伝えられたものであることを理解すると,それが長きにわたって博物学者たちの助けとなってきたものの,地球規模で生物学的な探検がなされるようになると急速に力を失っていった理由もわかるようになる。太古に暮らした祖先たちが必要としたのは,広大な生物世界のごく一部に対応する環世界だった。その時代に地球規模の旅をなした人などいなかったし,北極の鳥,熱帯の木,深海の魚を見る機会もなかった。600種の植物と600種の動物を分類し,記憶することができれば十分だったのだ。近辺の動植物に対応する環世界センスは,祖先たちに多大な利益をもたらしたが,仮に何千何万の動物や植物からなる秩序を内包する環世界があったとしても,厳しい生存競争に明け暮れる彼らにとっては無用の長物だっただろう。
キャロル・キサク・ヨーン 三中信宏・野中香方子(訳) (2013). 自然を名づける:なぜ生物分類では直感と科学が衝突するのか NTT出版 pp.208
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