たぶんほとんどの人が記憶していると思うが,9・11同時多発テロ直後,歓喜するパレスチナの人々の映像が世界中に配信された。ある意味で,その後のアメリカの報復行為もやむなしと世界を納得させた映像だった。湾岸戦争当時,イラクの無軌道さと暴虐ぶりを伝える映像として,海辺で油塗れになった水鳥が大きく報道された。停戦後,この水鳥の映像は捏造だったことが発覚した。同様にパレスチナで歓喜する人々の映像も,放送後に様々な憶測を呼んだ。ネット上では,数年前の映像と断定する人も現れた。知り合いの民放ニューススタッフが,この映像について調べた経緯を教えてくれた。
「結論としては,9・11直後のパレスチナの映像であることは間違いなかったよ」
「じゃあ彼らは実際に喜んでいたということになるのかな」
「そこが微妙なんだ。実はあの映像にはまだ続きがあってさ,キャメラが引いてゆくと,喜ぶ人たちの周りには多くの野次馬たちが集まっていて,不思議そうに撮影風景を眺めている。さらに引けば,画面の端にはディレクターらしき人も映っていた」
情報としてこれだけの映像から,何を解析することができるだろうか。撮影スタッフが彼らに歓喜の演技を養成した可能性はもちろん濃い。でも断定はできない。たまたま喜んでいた彼らに,もう一度歓喜の声をあげてくれと頼んだ可能性だって払拭できない。あるいは狂喜乱舞していたパレスチナの人々が,たまたま取りかかった取材クルーに対して撮ってくれと申し出た可能性だって絶対にないとはいえない。要するに何だってありだ。確定できない。
森 達也 (2008). それでもドキュメンタリーは嘘をつく 角川書店 p.95-96
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