戦前の心理学教室の仕事としてはいわゆる嘘発見器の研究を言及しないで終えるわけにはゆかない。この試みは内田先生が神田の学士会館でアメリカの雑誌ライフに載っていたキーラーの嘘発見器の記事を読んでこられて,これをやってみようといわれたのがふり出しである。ライフの記事には,被験者にトランプのカードを1枚ぬきとらせてそれをキーラー・ポリグラフで当てるということが書いてあるだけだったが,内田先生が思い出されたのは寺田寅彦さんの随筆に,GSR(皮膚の電気抵抗の変化であるが,はじめはPGR
とよばれた)の測定で相手の心の中のことが当てられるかもしれないとあったことで,それをやってみろというわけである。もちろん教室にそんな器具があったわけではないので理工科に行って,いろいろと教えてもらい,ミラー・ガルバとブリッジとU字管と硫酸亜鉛とを借りてきて組立てたのが早稲田式嘘発見器といわれた皮膚抵抗の測定器であった。硫酸亜鉛の溶液を2つのU字管に入れ,片手の親指と中指とをそれに入れて1.5ボルト程度の直流電流を通電しブリッジに接続して抵抗器を操作するとガルバノメーターの鏡が正面を向くようになるので,そこで,「あなたの持っているのはハートですか」といった問いを与え,これにすべて「ノー」と答えさせていると,ある問いに際してガルバノメーターの鏡が大きく動く。それがその時の「ノー」という答えが嘘であること,すなわちその人の持っているトランプがそれであることを示す。しかけはこれだけである。ところで後にわかったことはキーラーがポリグラフで計っていたのは呼吸と血圧であってGSRではなかったのであって,内田先生の寺田寅彦崇拝がわれわれの嘘発見法の発見にとどまらずGSR研究の振り出しになった次第である。
(戸川行男記)
「早稲田大学心理学教室五十年史」編集委員会 (1981). 早稲田大学心理学教室五十年史 早稲田大学出版部 pp.10-11PR