ある種のコンピュータ・ゲームに,記憶喪失というモチーフを導入することには利点がある。なぜならゲームを最初にプレイする人間にとって,そのゲームの世界は未知のものであり,プレーヤーは一種の記憶喪失者だからである。ただしそれは,ゲームの世界がどの程度「物語」を必要としているかによる。たとえばアクション・ゲームのように主としてプレーヤーの反射神経が中心となるゲームでは,記憶喪失というモチーフはほとんど必要とされないだろう。
これに対してRPG(ロール・プレイング・ゲーム)のように物語性の強いゲームの場合,主人公が存在する世界の外にさらに別の世界があるという空間的な拡張を行うだけでなく,記憶を失った主人公(とその仲間)あるいは敵の過去(および未来)を問題にすることによって,物語の世界を時間的に広げることが可能になる。もちろんゲームの中で本当に過去や未来を行ったり来たりできるわけではないので,そこで拡張されるのは「過去」や「未来」という符牒(タグ)の付いた「空間」である。ただしこの空間は,時間によって相互に関係づけられるので,そこには必然的に何らかの物語が生じることになる(物語の原型は,相互に独立して起こった出来事を時間的な前後関係によって結びつけることだからである)。
小田中章浩 (2013). フィクションの中の記憶喪失 世界思想社 pp.129-130
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