哲学者は何世紀ものあいだ,「現実」の正体について,および,わたしたちが経験している世界は現実なのか幻影なのかという問題について論じてきた。しかし現代の神経科学によれば,人間の知覚はある意味,すべて錯覚とみなすべきだという。わたしたちは,近くによる生データを処理して解釈することで,この世界を間接的にしか認識しない。その作業は無意識による処理がやってくれていて,それによってこの世界のモデルがつくられている。あるいはカントが言うように,「物自体」と,それとは別に「わたしたちが知る物」が存在するのだ。
たとえば,周囲を見回せば,自分は三次元空間を見ているという感覚を抱く。しかし,その3つの次元を直接感じ取っているのではない。網膜から送られた平坦な二次元のデータ配列を脳が読み取って,三次元の感覚をつくりだすのだ。無意識の心は映像をとてもうまく処理してくれるため,目の中に映る映像を上下反転させる眼鏡をかけても,しばらくすると再び上下正しく見えるようになる。眼鏡を外すと再び世界が逆さまに見えるが,それもしばらくのあいだでしかない。このような処理がおこなわれているため,「私は椅子を見ている」という言葉は,実際には,「脳が椅子のメンタルモデルをつくりだした」という意味にほかならない。
レナード・ムロディナウ 水谷淳(訳) (2013). しらずしらず:あなたの9割を支配する「無意識」を科学する ダイヤモンド社 pp.59-60
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