フロイト理論の大部分が実験心理学者に受け入れられていないことは,すでにいろいろと話してきたとおりだが,今日,フロイト派のセラピストと実験心理学者とのあいだで一致している点がある。「自我は自らの面目を守るために激しく戦っている」という考え方だ。この意見の一致を見たのは,比較的最近のことである。
実験心理学者は何十年ものあいだ,人間は超然とした観察者として,さまざまな出来事を評価し,理性を使って真理を発見し,社会の本質を解き明かす存在であると考えていた。また人間は,自分自身に関するデータを集め,総じて正確で優れた理論に基づいて自己象を組み立てるとされていた。この従来の見方によれば,健全な人間は自己をいわば科学する存在であると考えられ,それに対し,思い違いによって自己像が曇っている人は,精神疾患に,まだかかってはいないとしてもかかりやすいとみなされていた。しかし今日では,その真逆のほうが真実に近いことが明らかとなっている。学生,教授,工学者,中佐,医師,経営者など,正常で健全な人は,たとえ実際とは違っていても,自分は単に有能なだけでなく敏腕でさえあると考えがちである。
レナード・ムロディナウ 水谷淳(訳) (2013). しらずしらず:あなたの9割を支配する「無意識」を科学する ダイヤモンド社 pp.300-301
PR