人はさらに,自分の記憶を持ち出してきて自己像を飾り立てることもある。たとえば成績について考えてみよう。ある研究者グループが大学1年生と2年生の計99人に,数年前を振り返って,高校の数学,科学,歴史,外国語,英語の各教科でどんな成績を取ったかを思い出してもらった。答えた内容は高校の記録と照らし合わせると伝え,実際に全員がそれを許可する書類にサインしたため,学生たちに嘘をつく動機はまったくない。
合計で3220の成績の記憶をチェックしたところ,面白いことがわかった。何年か経っているのだから成績の記憶には大きな影響があったはずだと考えられるかもしれないが,実際にはそんなことはなかった。その間の歳月は学生の記憶にほとんど影響をあたえなかったようで,高校のどの学年における成績も,およそ70パーセントという等しい正確さで思い出した。それでも記憶には確かに欠落があった。忘れさせた原因は何だったのか?それは過ぎ去った歳月ではなく,成績の悪さである。記憶の正確さは,A評価の場合には89パーセントだったが,Bでは64パーセント,Cでは51パーセント,Dでは29パーセントと着実に下がっていった。だから,悪い評価を受けて落ち込んでいても,元気をだしてほしい。しばらくすればきっと忘れるのだから。
レナード・ムロディナウ 水谷淳(訳) (2013). しらずしらず:あなたの9割を支配する「無意識」を科学する ダイヤモンド社 pp.322-323
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