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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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シラコバトの移動の仕方

ヨーロッパの都市部に暮らす者であれば,シラコバトのいる風景をよく目にしているだろう。この鳥は公園や庭にすみつき,繁殖している。100年前,シラコバトはヨーロッパでは珍しい鳥だった。もともとは南アジアに生息していたが,徐々にトルコへ広がり,そこから一路北西へ向かってイギリス諸島へ,そして南はイベリア半島まで拡大した。なぜここまで広がることができたのかは誰にもわからないが,ヨーロッパの都市や郊外につきものの公園や庭を活用できるようになったハトの幸運が一因になったのは間違いないだろう。いわば,気候の代わりに人間が新しい生育環境をつくり出し,初期の樹上性類人猿よろしく,この鳥が移り住んできたのだ。
 ところで,シラコバトの群れがトルコからイギリスに渡ってくるのを目撃した人はいない。だとすれば,どうやってイギリスにやってきたのだろうか?まずシラコバトはヨーロッパ南東部のすみよい環境に身を落ち着け,1900年までにはその地に根づき順調に繁殖した。親バトが住んでいた場所が手狭になると,子どもたちは1〜2キロ先にある近くの公園に移動した。これを繰り返し,少しずつヨーロッパを横断していったのである。イギリスでは1955年に最初のつがいがノーフォークで繁殖し,1964年には個体数が1万9000羽に増加。それが今では数十万羽ほどになり,ヨーロッパ全体では700万つがいがいると推定されている。このように,シラコバトの拡散の経緯は詳しくわかっているが,その個別の原因ははっきりしていない。この例は,数万から数十万年前,さらには数百年前に起きた出来事を,点在する化石や異物に基づく乏しい知識から理解しようとするときに,良い教訓となるはずだ。
 シラコバトは「大移動」をしたわけではない。それはたんに個体数の増加が引き起こした地理的拡大であり,しかも1世紀足らずの出来事だった。100年のうちに段階的に起こった変化であれば,考古学で用いるおおまかな時間間隔をもって先史時代を眺めたとしても,私たちがそれに気づくことはまずないだろう——とびきり幸運であれば,洞窟の中で,シラコバトの骨がひとつもない地層の上に,骨だらけの地層が続いているのを見つけることがあるかもしれないが。
 この例を,のちほど本書でもじっくる考えることになる人類の拡散に当てはめてみよう。考古学的記録の示すところによると,現生人類はおよそ6万年前には北東アフリカにおり,遅くとも5万年前には東へ拡散しはじめ,最終的にオーストラリアに到着したようだ。かなりの距離だが,時間もそれなりに経過している。では人類とシラコバトは,それぞれどのくらいの速さで広がっていったのだろうか?
 シラコバトはおおよそ55年をかけて,トルコからノーフォークまでの2500キロを制覇した。1年間で45キロ進んだ計算である。一方,5万年前に私たちの先祖がいたエチオピアから,オーストラリアで最も古い現生人類の痕跡が見つかっているムンゴ湖までは,約1万5500キロの距離がある。仮に人類が4万5000年前にそこに到着したと推定すると,1年にわずか3キロあまりしか進まなかったことになる。シラコバトに比べるとぱっとしない距離だ。しかし,シラコバトが人類よりも速いペースで繁殖することを考えれば,この比較が公正さを欠いていることがわかる。シラコバトの1世代は事実上1年なので,世代ごとに45キロの割合で広がることになる。人類の1世代を20年として計算すると,1世代につき60キロとなり,シラコバトと同じ桁になる。確かに荒っぽい計算ではある。だが,これである仮説が非常にはっきりと説明できることになる——先史時代の人類の地理的拡大には,いっさい特別なことはなく,民族大移動のような形ではありえなかったということだ。

クライブ・フィンレイソン 上原直子(訳) (2013). そして最後にヒトが残った 白楊社 pp.29-31
(Finlayson, C. (2009). The Humans Who Went Extinct: Why Neanderthals Died Out and We Survived. Oxford: Oxford University Press.)
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