アフリカの外に最初に進出した人類は何かという問題については,これまで数えきれないほどの議論がなされてきた。たとえば,アフリカからアジアへと最初に向かったのはホモ・エレクトスであるとする主張もあり,それは次のような筋書きで語られることが多い。「ホモ・エレクトスは,長い脚と大きな脳を獲得した初めての人類で,道具をつくり,肉を求め,草深いサバンナでさかんに狩りをした。このような特徴のおかげで,彼らはアフリカを出てアジアへ定着することができた」。だが,仮説というには頼りないこの憶測は,現在わかっている証拠から十分に裏づけられたものではない。これもまた,有利な証拠はほとんどないのに誤りを認めようとしないひとつの例と言えるだろうし,それに加えて,その背後にある理屈は生物種の地理的拡大に対する根深い誤解を示しているように思える。
シラコバトの例をもう一度よく考えてみよう。シラコバトは100年をかけてヨーロッパを横断したが,各々が大がかりに移動したわけではなく,親鳥から子,孫というように時間をかけてじわじわと新しい土地へと広がっていった——個体レベルではなく世代レベルで拡散したのだ。これと同様に初期人類たちも,暮らしやすい場所ならどこへでも少しずつ広がっていったのだろう。それは仰々しい「大移動」ではなかったはずで,そこに脚の長さを関連づけようとする意味が私には理解できない。地理的な拡大を促すものがあったとすれば,それはたんに,繁殖による個体数の増加と生息地への適合ではなかったか。アフリカから広がった最初の人類は,その祖先伝来の地を離れるためにマラソンのオリンピックチャンピオンになるのを待つ必要はなかった。
クライブ・フィンレイソン 上原直子(訳) (2013). そして最後にヒトが残った 白楊社 pp.75
(Finlayson, C. (2009). The Humans Who Went Extinct: Why Neanderthals Died Out and We Survived. Oxford: Oxford University Press.)
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