動物の個体群が,条件さえ合えば近隣地域へと生息範囲をじわじわと広げていくことを,ここでもう一度思い出してほしい。シラコバトの例を挙げたときに,その鳥が何世代もかけてヨーロッパで拡散していく様子を説明したが,それは「大移動」と呼べるものではなかった。同じようなことは,約8万年前に北東アフリカの人類が拡散していくときにも起こったようだ。それは移住でもなければ,計画的な行動でもなく,ましてや緑豊かな牧草地を求めた集団脱出でもなかった。この点を強調するのは,北東アフリカからオーストラリアへと拡散していく人類の姿を,いまだに人類大移動のように描く者が多いからだ。人類がひとつの確固たるルートをたどったと考え,それを探すことは,化石記録の欠落を埋めるために19世紀の人々が躍起になって行ったミッシング・リンクの探索と同じくらい意味のないことである。
クライブ・フィンレイソン 上原直子(訳) (2013). そして最後にヒトが残った 白楊社 pp.130
(Finlayson, C. (2009). The Humans Who Went Extinct: Why Neanderthals Died Out and We Survived. Oxford: Oxford University Press.)
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