人類の脳はどうやって発達してきたのか——この疑問に対しては,これまでさまざまな主張がなされてきた。そのうちのひとつに,脳と知能は,変化に富んだ環境に暮らし,広大な領域を動き回る必要があるときに発達するというものがある。そうした環境では,広い範囲に分散している餌場を見つけ何度も通うために,時間と空間の概念を備えた4次元の地図を頭の中にもたねばならず,それに応じて脳が発達するというのだ(本書ではこれを地図作成仮説と呼ぶことにする)。
このほかに脳と知能が発達した理由として考えられているものに,社会的圧力がある。大規模な集団では,構成員がそれぞれの意思をもっており,互いに関係を築くなかで緊張やストレスが生み出される。そうした環境で起こりうる多様な状況に対処するために,大きな脳が必要だったというのだ。この考えを社会脳仮説(またはマキャベリ的知性仮説)と呼ぶが,それに従えば,さまざまな要素からなる社会集団で生きる必要性こそが,大きくて複雑な脳への進化を最も的確に説明していることになる。
近年では,地図作成仮説よりも社会脳仮説のほうが優勢のようだが,2つのあいだにそれほど違いがあるのだろうか?私にはそう思えない。どちらの場合も,予測不可能な環境(前者では地勢,後者では集団内の他者)に対処するための究極の方法だという点では変わらないからだ。
クライブ・フィンレイソン 上原直子(訳) (2013). そして最後にヒトが残った 白楊社 pp.274
(Finlayson, C. (2009). The Humans Who Went Extinct: Why Neanderthals Died Out and We Survived. Oxford: Oxford University Press.)
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