時には,鎖があまりに長いので,誰も意図しないのに食品が有毒なものになることがあった。アークムは書いている。「私は今の仕事を長いあいだ続けているが,社会的地位の非常に高い数多くの商人さえ,自分では無害と信じて,きわめて有害な食品を消費者に売ったと信ずる十分な理由がある。そして,成分が偽で有害だということを知らされていたなら,それを売らなかったであろう」
アークムが引用している最も驚くべき例は,ダブル・グロスター・チーズである。それは,紆余曲折した一連の出来事によって,鉛丹で色付けされてしまったのだ。元来,ダブル・グロスターは——もとは朝と夕方の2回に採乳した牛乳を使ったので,そう呼ばれる——色付けされる場合があるとすれば,アナトーで色付けされる。アナトー(今ではE160[b]として知られる)は植物性染料で,熱帯の紅の木のオレンジ色の果肉から採る。それでアレルギーを起こす者もいるが,総じてあまり害はない。一方,縁端は死を招く。アークムはケンブリッジの紳士,J.W.ライト氏の話を紹介している。ライト氏は事情があってイングランド南西部地方の都市の宿にしばらく滞在した。ある晩,彼は「腹部と胃の辺りに,苦しく,言いがたい痛みを感じ,それに伴って緊張感を覚えた。その結果,非常な心の乱れと,食べ物に対する不安感と嫌悪感が生じた」。24時間後,すっかりよくなった。4日後,まったく同じことが起こった——ひどい苦しみ,緊張感,回復。どちらの場合も,紳士は狐色に焼いた一皿のグロスター・チーズを宿の女将に頼んだことを思い出した。それは,家で夕食によく食べるものだった。女将はその話を聞いて侮辱されたと感じた。そして,そのチーズはれっきとしたロンドンの商人から買ったのだと答えた。しかし,紳士が狐色に焼いたチーズを3度目に頼むと,やはり「激しい腹痛」に襲われた。いまや間違いなかった。チーズが原因なのだ。すると下女が口を挟み,子猫がそれと同じチーズの上皮を噛んだあと,酷く吐いたと言った。
それを聞くと女将は恥を忍び,そのチーズを化学者に調べてもらった。これは鉛丹に汚染されている,と化学者は明言した。そして今度はロンドンの商人が,どうしてチーズが鉛丹に汚染されるようになったのかと,チーズを作った農夫に訊いた。すると農夫は,何年も「なんの問題もなく」,巡回商人からアナトーを仕入れていると言った。しかし巡回商人は,アナトーに辰砂(ヴァーミリオン;毒性のない染料)を加えた別の仕入れ先から,そのアナトーを買ったのだ。そして,その辰砂を売った薬剤師は,それがチーズに使われるとは夢にも知らずに,「家庭用ペンキの顔料」にだけ使われると思い込んで,それに鉛丹を混ぜたのだ。アークムが引用した文の筆者はこう結論付けている。「商売の紆余曲折した多様な経緯を経て,猛毒の幾分かが,それを次々に扱った者たちの罪が問われることもなく,生活の必需品に入り込むことがある」
ビー・ウィルソン 高儀 進(訳) (2009). 食品偽装の歴史 白水社 pp.45-46
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