ビールの混ぜ物工作は飲兵衛に影響を与えただけではなかった。とりわけ都市の水の大部分が飲むのに適していなかったので,ビールは家族の基本的な飲み物になっていて,成人の男女だけではなく子供も飲んだ。そのため,ビールに混ぜ物工作をするというのは,全人口に影響を及ぼす重大な問題となり,広範囲に及んだ。アークムは,さまざまな手段で混ぜ物工作をしたり,強いビールに弱い「食卓用ビール」を混ぜたりする醸造業者とパブの主人に対して起こされた無数の訴訟について書いている。1813年から19年までに,30人以上の醸造業者が「醸造の際,違法の成分を受け取り,使用した」廉で非常に高額の罰金を科された。その1人ジョン・コウェルはスペイン産甘草を使い,しかも強いビールに食卓用ビールを混ぜた廉で50ポンドの罰金を科された。ジョン・グレイは生姜,鹿の角の削り屑,糖蜜を使った廉で300ポンドの罰金を科された。アラットソンとエイブラハムはコクルス・インディクス,マルトゥム(苦木の抽出物と甘草で出来たもの),「ポーター風味」を使った廉で630ポンドの罰金を科された。
しかし,こうした訴訟からわかるのは,少なくともビールに関する限り,政府は消費者を保護するために,アークムが考えていた以上に介入したということである。ビールの品質を守るための当時の英国の国会制定法は,1516年に公布されたバイエルンの悪名高いビール純粋令に匹敵した。その国会制定法は,麦芽,ホップ,水以外の物質がビールに含まれるのを禁じた(酵母がビールに加えられるようになったのは,のちのことである)。薬屋と乾物屋は混ぜ物用の物質を醸造業者に売ると訴えられるおそれがあった。たとえ,糖蜜(ビールに色を付け甘味を加えるために使われた,砂糖精製時に生じるシロップ状の黒っぽい液)のような無害なものであれ。着色するために,焦がした砂糖を使ったり,ビールを清澄にするためにイシングラスを使ったりすることさえ,法律で禁止されていた。基準がそれほどに厳しかったことは,その後なかった。
ビー・ウィルソン 高儀 進(訳) (2009). 食品偽装の歴史 白水社 pp.54-55
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