当時,人はパンはどういうものかを知っていた。パンが小麦粉,塩,パン種(サワードーまたはイースト),水(ただし水は多過ぎてはいけない)で適性に造られた主食であるのを知っていた。ワインは別の問題だった。ワインの歴史では長いあいだ,アルコールが含まれていて葡萄の味がすれば,ほとんどなんでも「ワイン」と見なされた。葡萄の代わりに干し葡萄が使われていてもワインとされたこともあったし,ヴィクトリア朝にはスグリで出来たものも「シャンパン」とされたことがあった。ワインに蜂蜜,鉛,海水が含まれている場合もあった。水で薄められたり,ブランデーが混ぜられたりした場合もあった。さらには,砒素で色付けされたり,セイヨウワサビが混ぜられたりしていることもあった。ロッド・フィリップスは言っている。「ワインは熱せられ,煮られ,冷まされた,そしてブレンドされ,混ぜられ……色付けされた……そのすべてがワインと呼ばれた」。あるワインが偽物かどうかを確かめるのは難しかった。というのも,「ワイン」の定義が曖昧だったからだ。人は本当にひどいワインがどういうものかわかっていたものの,本当に良いワインとは何を意味するのか,あるいは,そもそもワインが本物であるとは何を意味するのか確信がなかった。
ビー・ウィルソン 高儀 進(訳) (2009). 食品偽装の歴史 白水社 pp.68-69
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