われわれの現在の食文化は,その正反対である。今のルールはおおむね,「買い手危険負担」ではなく,「売り手危険負担」である。2000年になる頃,奇妙な新しい傾向が英米のレストランで見られるようになった。ステーキかハンバーガーを注文し,レアかミディアム・レアにしてくれと頼むと,自分の坐っている席に紙片が置かれる。そうやって,料理された肉の安全性に関してレストラン側は「なんの責任もとらない」ということを了承し,法的権利を放棄する旨を,その紙片にサインしなければ,真ん中がピンクのハンバーガーは食べられない。数多くのせっかちな客を苛立たせている,バーガーを注文する際に法的権利を放棄する旨のサインをさせるというやり方は,不均衡を是正する試みだったのだ。そうした試みは,消費者が口に入れた食べ物の責任は誰がとるかという問題に対処したものなのだ。レストラン経営者——四方八方から,環境衛生監視官から,こうるさい客から,政府の官僚的形式主義から責任を負わされていると,彼らはしばしば感じているのだが——は,責任の一端を個人の客に転嫁しようとしていたのだ。われわれの「売り手危険負担」の食文化においては,政府,新聞,広告基準審査協会,消費者のすべてが食品販売業者に対して,自分たちの約束を守り,その約束がどういうものかをはっきりさせるように圧力をかけている。
ビー・ウィルソン 高儀 進(訳) (2009). 食品偽装の歴史 白水社 pp.126
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