19世紀中葉には,ロンドンの牛乳の半分,もしくは4分の3は混ぜ物入りだった。まず,水で薄められた(しばしば,汚染された水で)。次に,青っぽい色を誤魔化すために小麦粉で濃くし,人参ジュースで甘味を付け,黄色の染料で色付けをした。業務用の染料は,「銀の牛乳缶(シルヴァー・チャーン)」あるいは「桜草色素(カウスリップ・カラリング)」という,いかにも健全なイメージを与える名称で売られていた。夏に牛乳が腐るのを防ぐため,「プリザーヴィタス」や「アークティナカス」という名の化学物質が添加されることが多かった。そうした化学物質は特に危険で,牛乳の腐敗を止めるのではなく覆い隠すだけで,消費者を騙し,新鮮なものを飲んでいるのだと思わせた。「化学物質をたっぷり入れた,4日経った牛乳は,理想的な乳児食とはとても言えなかった」と,ある歴史家は書いている。牛を自分の家の戸口まで連れてきて,目の前で乳を搾ってくれと頼んだ消費者もいたというのも不思議ではない。
ビー・ウィルソン 高儀 進(訳) (2009). 食品偽装の歴史 白水社 pp.200-201
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