そういうことを言っているのは化学者であるのを忘れてはいけない。化学的に言えば,自然食品の自然の風味は,化学的に合成された風味と違ってはいない。バニリンを例に採ろう。1873年,ドイツの科学者W.ハールマンは,バニラの成分の中で最も濃い味のものの1つである,バニリンを分離するのに成功した。C8HbO3(4-ヘドロキシ-3-メトキシ-ベンズアルデヒド)である。その化学物質は,いったん分離されると再現することもできた。別のドイツの科学者カール・ライマーは,バニリンはグアヤコールから合成することができるのを発見した。グアヤコールはクレオソートから誘導した一種の黄みがかった芳香性の油である。今日では何千トンものバニリンが,通常,亜塩酸塩の廃液から作られている。フレイヴァリストにとっては,そのことについて神経質になるのは間違いだろう。バニリンはバニリンでバニリンである。それがマダガスカル島に生える蘭に似た美しい植物の湾曲した鞘から採ったものであろうと,産業廃棄物から採ったものであろうと。その効果は同じだろうから。
ビー・ウィルソン 高儀 進(訳) (2009). 食品偽装の歴史 白水社 pp.324
PR