人間は200万年前に大きな脳が発達したおかげで,分別を備えることができた。人が行なっている自己コントロールの多くは無意識のものだ。ビジネスランチの場では,特に意識しなくても,上司の皿から肉を食べないよう自制する。無意識の脳が社会的な大失敗をしないよう常に手助けしてくれているのだ。その働きは多岐にわたり,巧妙で強力なため,無意識の脳こそが本当の支配者だと考える心理学者もいる。無意識で起こるこの働きがもてはやされるようになったのは,研究者による基本的な誤りが原因だった。彼らは分析する行動の単位をどんどん細切れにして,意識が司るには早すぎる反応ばかりを同定していた。ある行動の要因をミリ秒(1000分の1秒)単位の時間枠で考えれば,行動の直接的な原因は,脳と筋肉とをつなぐ神経細胞の発火ということになる。その過程に意識はまったく関係していないし,神経細胞が発火したことに気づく人もいない。意志の働きはもっと長い時間の流れの中で見えてくるものだ。これは現在の状況を全体的な(長い目で見た)パターンの一部として考えることと関わっている。たばこを1本吸うくらいで健康を損ねはしない。ヘロインを1度使ったくらいでは中毒にならない。ケーキを1個食べるくらいでは太らないし,仕事を1度くらいさぼってもキャリアに傷はつかない。しかし健康を保ち,仕事を失わないでいるためには,これらの(ほぼ)すべての場面を,誘惑に勝つのに必要な一歩ととらえなければならない。意識による自己コントロールはこのような場合に働く。だからこそ人生のあらゆる場面で,成功するか否かを左右するのだ。
ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.27
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)
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