それでも自己に関するフロイトのエネルギーモデルには見るべきものがあった。芸術家村内での男女関係を説明するには,たしかにエネルギーは本質的な要素なのだから。性的衝動を抑制するにも創作活動を行なうにも,エネルギーが必要だ。創作活動にエネルギーを注げば,リビドー(性的衝動)を抑えるためのエネルギーは減ってしまう。フロイトはこのエネルギーの出処とそれがどう働くかについては明言していないが,少なくとも彼の提唱する説の中ではエネルギーが重要な位置に置かれていた。バウマイスターはこの洞察に敬意を表して,フロイトが使っていた自己を指す用語「自我(エゴ)」を使うことに決めた。こうして生まれたのがバウマイスターの造語である「自我消耗」で,これは人の思考や感情や行動を規制する能力が減る現象を指す。人は精神的疲労に勝てることもあるが,意志力を発揮したり決断を下したり(これも自我消耗の一種で,のちに述べる)することでエネルギーを使い果たせば,やがて誘惑に負けてしまう。自我消耗によって人のさまざまな行動を説明できることがわかると,この用語は何千本もの科学論文で使用されるようになった。
ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.41
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)
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