この危険が最初に特定されたのは,バウマイスターの研究室でのことだ。博士課程修了後の研究者であるジーン・トゥエンジという学生が,自己コントロールの研究をしているのと同じ時期に,自分の結婚の準備もしていた。その研究室で以前行なわれた実験,たとえばチョコレートやクッキーを我慢すると自制心が消耗するといった内容のレポートを読んでいるとき,そのころ遭遇した個人的な疲れる経験を思い出した。それはブライダル・レジストリ——結婚祝い品の登録だった。米国には親戚や友人から贈り物を巻き上げる一助として,企業と協力して欲しい物をリストアップするというおかしな習慣がある。一般的には,サンタクロースの存在を信じる年齢を過ぎたら,特定の贈り物をねだるのは失礼とされているのに,ブライダル・レジストリに欲しいものを登録するのは,双方のストレスを軽減する社会的儀式として認められているのだ。客はわざわざ買い物をする必要がなく,結婚するカップルはスープ鍋ばかり37個も集まって,スープをすくうおたまが1本もないことを心配せずにすむ。しかしそれでストレスがまったくなくなるわけではない。トゥエンジはある晩,婚約者とともに店の結婚式専門の店員とともに,リストに何を入れるか相談しているとき,そのことに気づいた。お皿はどのくらい飾りのついたものがいいか。どんな模様がいいか。カトラリーは銀かステンレスか。グレービーソース用の容器はどれがいいか。タオルの材質は何で,色は何がいいか。
「それが終わることには,誰に何を言われても納得してしまいそうだったわ」と,彼女は研究室の同僚に語った。意志力が消耗するという経験は,あの夜に感じたようなことに違いないと思った。彼女ともう1人の心理学者は,このアイデアをどうにかして検証できないかと考えた。彼女たちは近くのデパートが閉店のためのクリアランスセールをしているのを思い出し,研究室の予算で買える品物をどっさり買い込んできた。豪華な結婚祝いのギフトではないが,大学生にはじゅうぶん魅力的なものだ。
第1の実験では,テーブル一杯に置かれた品物を被験者に見せる。そして実験が終わったときに1つ持っていっていいと告げる。そして一部の被験者には,2つの品物を見せてどちらかを選ぶといいう選択を何度か繰り返してもらう。それで最終的にどれをもらえるかが決まる。ペンかキャンドルか。キャンドルならバニラの香りかアーモンドの香りか。キャンドルかTシャツか。黒いTシャツか赤いTシャツか。それと平行して対照群の実験を行なうが,その被験者(ここでは非決定者と呼ぶ)は,同じくらいの時間,同じ品物を見て過ごすが,選択はしない。彼らはそれぞれの品物を評価し,過去6か月間にそれと同じようなものをどのくらい使ったかを報告する。その後,全員が自制心を測定する古典的なテストを受ける。手をできるだけ長く氷水に漬けておくというものだ。手を冷たい水の中にずっと入れておくには自制心が必要だ。すると前の実験で選択をした決定者のほうが,非決定者よりはるかに早く水から手を出した。数多くの選択をしたことで意志力が弱まったらしく,その影響が他の意思決定の場面で現れたのだ。
ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.122-124
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)
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