自己認識は本質的に不快なものだという考え方は,思春期以外の多くの人が,自分のことを考えたり,鏡を見たりするときに楽しさを感じるという事実とも矛盾している。さらに研究が進められると,人は「平均的な人間」と自分を比べることで満足を感じられるということがわかった。私たちはみんな,自分は平均より上だと思いがちだ。また今の自分を過去の自分と比較して喜びを感じることもあるが,それは年を重ねるに従って進歩すると思っているからだ(体は衰えるにもかかわらず)。
しかしゆるい規範と自分を比較すれば満足を得られると考えても,人間の自己認識の進化を説明することはできない。人がよい気分になるかどうかは進化には関係ない。生存と生殖の可能性を高める性質が選ばれて残るのだ。では自己認識能力には,どんな利点があるのだろうか。それに対する最高の答えは,心理学者のチャールズ・カーヴァーとマイケル・シャイエーがたどりついた重要なアイデアにあった。自己認識が進化したのは,自己コントロールを助けるためだ。彼らはデスクに向かって座らせた被験者を観察するという,独自の実験を行なった。デスクの前にはさりげなく鏡が置いてあるのだが,特に重要な意味を持つようには見えない。実験の説明をするときにあえて触れることもない。しかしこれがあらゆる種類の行動に大きな変化を起こした。鏡で自分の姿が見える被験者は,他人の命令よりも自らの信念に従って行動する傾向がある。他の人に電気ショックを与えるよう指示されたとき,鏡が見える被験者は,鏡が見えない対照群の被験者よりも自制心が働き,攻撃的になりにくい。また与えられた作業に熱心に取り組み続けた。意見を変えるよう脅かされても,脅しに屈せず自分の意見に固執し続けた。
ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.148-149
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)
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