しかし,04年の国立大学法人化はすべてを変えてしまった。各大学は独立した経営権限を持つようになる。学長が自ら任命する理事からなる理事会を率い,全権を掌握する運営形態になった。国立大学の学長は,私学でいえば学校法人の理事長と大学の学長の権力を両方持つことになったのだ。文部科学省が国立大学全体を総合的に考慮して運営していくことはできなくなり,各大学のゆくえは学長の判断に委ねられることになったのである。
国立大学事務局幹部への文部科学省ノンキャリアの転任も,別機関への転籍ということになり,機械的に判断すると「天下り」呼ばわりされかねない。大学からの要望を受けて初めて,文部科学省から大学への転籍が可能になる。学長が必ずしも文部科学省への親近感を持っているとは限らない。中には本省からの受け入れを拒んだり制限したりする大学も現れた。本省人事が国立大学人事を動かすことはできなくなっている。あらゆる人事が,学長の同意なくしては成立しない。受け入れ数も,受け入れ期間も,誰を受け入れるかも学長次第である。「天下り」呼ばわりのせいもあって,受け入れは大幅に縮小された。
そのために,文部科学省ノンキャリアの人事コースが大幅に乱れ,先行きの見えないものになってしまっている。一定の年齢になっても大学の課長や部長になれないという事態が生じてきた。急遽他のさまざまな人事コースが模索されているものの,従来の国立大学のように気心が知れ一体感を持って交流できる先は見つかるはずもない。これはノンキャリアを不安にさせ,士気を低下させる。
寺脇 研 (2013). 文部科学省:「三流官庁」の知られざる素顔 中央公論新社 pp.67-68
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