私がアレックスの訓練に使おうとしていた方法は,当時の定説から大きく外れていた。心理学の主流は,行動主義と呼ばれる立場だ。それによれば,動物は認知や思考の能力がほとんどないオートマトン(つまり機械仕掛けのようなもの)だとされる。当時の生物学はもう少しましだったが,それでも動物の行動は生まれつきプログラムされたものに過ぎず,認知・思考の能力はないとみなす説が大勢を占めた。こういう考え方が背景にあったため,動物で実験を行う場合には,とても厳密に実験条件を管理しなければならなかった。たとえば,実験前には,動物の体重がもとの80%に落ちるまで飢えさせなければならなかった。そうすることで,動物は食物を得ようと「正しく」反応する動機づけが生じると考えられていた。また,実験を行う際には,外界と遮断した箱に入れなければならなかった。これは,実験による「刺激」以外のことがらが動物に影響を与えないようにするのと,動物の反応を正確に記録するためだ。「オペラント条件づけ」と呼ばれる。訓練法である。私は,はっきり言ってこの方法は完全におかしいと思った。私が経験を通して培ってきた自然界の仕組みについての直観や常識にまったく反するものだった。
アイリーン・M・ペパーバーグ 佐柳信男(訳) (2010). アレックスと私 幻冬舎 pp.92-93
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