性格や体格と同じで,「心の障害」に関するほとんどの議論の多くは,とかく先天的か後天的か,つまり遺伝か環境かというふたつの考えの間を堂々めぐりしているように見える。原因が先天的であるということは,この問題は遺伝学や生物学の領域だということであり,後天的ということは,過程や社会など周囲を取り巻く環境と,幼児期の体験が重要な要素だということである。ASP(反社会的人格障害)は遺伝によって伝えられると主張する人たちは,同じ家系に世代から世代へとくり返される「悪い行い」のパターンを指摘し,その現象を生物学的に説明しようとする。一方,原因は環境にあると主張する人たちは,そういう家では子供に対する親の虐待(愛情を与えず残酷な言葉で心を傷つける「精神的虐待」や,親としての務めを果たさない「ネグレクト」も含まれる)が世代から世代へと伝わっているためだと主張する。
だが,ASPにせよその他の心の障害にせよ,遺伝か環境かという議論は実際にはあまり意味を成さない。なぜなら,まず第1に,仮に遺伝的にASPを伝える因子があるとすれば,それを持っている子供は,親の虐待(環境要因)に対して,ASP的な傾向(遺伝要因)をもって反応することが考えられる。そして,問題行動が代々伝わっている家系では,「遺伝子」も「環境による影響」も,ともに伝わっている可能性があり,そのふたつをはっきり区別することは困難だ。そこで,人間に伝わる性向の原因探しは結局このふたつの中間をとり,要素はその両方から来ているのだろうというあたりで落ち着くことになる。
ドナルド・W・ブラック 玉置 悟(訳) (2002). 社会悪のルーツ ASP(反社会的人格障害)の謎を解く 毎日新聞社 p.144-145.
PR