アレックスはラベル(ものの名前)をおぼえ,言葉で要求する方法を知っていた。そのことによって,彼は自分のまわりの環境をコントロールすることができ(つまり,まわりの人たちを意のままに動かすことができ),彼はその能力を存分に行使した。アレックスの「研究室のボス」人格は,私たちがノースウェスタン大学にいたときに頭角をあらわし,トゥーソンに移った頃には完全に定着していた。学生たちはよく,自分たちが「アレックスの奴隷」だと冗談で言っていた。実際,つぎからつぎへと要求をして,学生たちを走り回らせていた。とくに,新入生に対しては容赦なかった。「コーン ホシイ」「ナッツ ホシイ」「カタ イキタイ」「ジム(体育館) イキタイ」など,延々と続くので自分の知っているラベルと要求をすべてぶつけているのではないかと思うほどだった。いわば,アレックスによる新入りに対するイニシエーションの儀式だ。かわいそうに,その学生はすべての要求に応えるため,必死で走り回らなければならなかった。そこでアレックスに認められないと,その後のアレックスの訓練や実験で相手にしてもらえないのだ。
ひもで物体をたぐり寄せる実験でのアレックスの「失敗」は,彼の知能が低いせいではないことに私は気づいた。そうではなく,彼の特権意識,つまり「要求すれば聞いてもらえる」という認識のあらわれだったのだ。いつもはアーモンドをすぐ渡していたのに,ひもに結びつけてつるすなどといった余計なことをしたものだから,彼は自分で取らずに,私に取るように要求したのだ。そうでなければ,たぐり寄せるなんて面倒なことを彼はするはずもなかったのだ。これに対して,キョーが成功したのはなぜだろうか。実験を行なった時点では,キョーはまだラベルや要求をうまく言えなかったので,「人にやってもらう」という発想がなかったのだ。だから,キョーは自分の知能だけをたよりに欲しいものを入手するために努力したのだ。いっぽうのアレックスは,自分の特権を行使したのだ。
アイリーン・M・ペパーバーグ 佐柳信男(訳) (2010). アレックスと私 幻冬舎 pp.196
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