アレックスとの錯視の研究は,物体や分類の名称や数字の次に切り拓く新境地になると私は考えていた。進化上,鳥類とほ乳類は2億8000年前に枝分かれしたと考えられている。これだけ昔に枝分かれしたということは,脳の仕組みも根本的に違うことを意味するのだろうか?
じつは,2005年にエリック・ジャーヴィスが共同研究者たちとまとめた画期的な論文が発表されるまでは,その通りだと考えられていた。ほ乳類の脳を見ると,大脳皮質が大きく発達し,脳溝(しわの部分)が縦横無尽に走っている。これに対して,鳥類には大脳皮質にあたる部分がない。このため,鳥は高度な認知能力を持てるはずがないというのが定説だった。いってみればこの定説との戦いだった。鳥類の脳に,物体や分類のラベル,“大小”の比較,それに“同じ”と“違う”の概念が理解できるはずなどないとされていたのだ。しかし,現にアレックスは理解できたのだ。このことは,動物の脳についてのある真実を示していると私は考えた。ほ乳類と鳥類の脳は構造が大きく違うことは確かだし,そのことによって能力に差が生じることも確かにあるのだが,どんな動物の種類でも“脳の仕組み”と“知能”には共通の特徴があるはずだ。言い換えれば,ポテンシャルは動物によって違うのだが,根本的な仕組みは同じだというのが私の主張だ。
アイリーン・M・ペパーバーグ 佐柳信男(訳) (2010). アレックスと私 幻冬舎 pp.262-263
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