科学的には,アレックスが私,そして私たち全員に教えてくれた一番大切なことは,動物の思考が,大部分の行動学者が考えていたよりもはるかに人間と似ているということだ。多くの行動学者は,そのことを受け入れるための心の準備すらできていなかった。ただし,だからといって動物と人間の心では,動物の認知能力は少しだけ劣るものの,違いがないということを私は言いたいのではない。たしかに,アレックスが研究室でいばりながら歩き回り,下々に命令を出す姿は小さなナポレオンのように見えることもあったが,それでも彼はやはり人間とは違った。しかし,科学の主流で長らく考えられてきたように,動物は思考を持たないオートマトンだというのも間違っている。むしろ,機械仕掛けのような単純な反応しかできないオートマトンとはほど遠い存在だ。アレックスは,私たちがいかに動物の心について無知で,どれだけ研究の余地が残っているのかということを教えてくれた。そして,彼が教えてくれたことは,哲学的にも,社会学的にも,また私たちの日常的な考え方に対してもとても深い意味を持つ。なぜなら,ホモ・サピエンスがどういう種なのか,自然界の中でどういう位置づけにあるのかというこれまでの考え方を大きく見直さなければならなくなったためだ。
アイリーン・M・ペパーバーグ 佐柳信男(訳) (2010). アレックスと私 幻冬舎 pp.275-276
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