どうしてそんなに時間がかかるのか?それは独創的研究をしなければならず,そのためには,そのテーマについて他の研究者たちが述べたことを知らなければならないし,しかもとりわけ大事なことは,他人がまだいわなかったことを“発見”しなければならないからだ。“発見”とはいっても,特に人文科学にあっては,原子の核分裂の発見のような画期的出来事だとか,相対性理論とか,癌腫を治す新薬とかを想像しないでいただきたい。ささやかでも発見は発見なのだし,また実際,古典テクストを読んだり理解したりする新しい方法とか,ある作家の伝記に新しい光を投ずる肉筆原稿の割り出しとか,先行の諸研究の再編・読み替えによって,ほかのいろいろなテクスト中に散在していたもろもろのアイデアを円熟させ体系づけるような研究とかも,やはりそれなりに“科学的”成果と見なされるのである。いずれにせよ,研究者が産み出す著作は,理論上,当該分野のほかの研究者たちが,そこに何か新しいことが語られているために無視すべかざるようなものでなければならない。
ウンベルト・エコ 谷口 勇(訳) (1991). 論文作法—調査・研究・執筆の技術と手順— 而立書房 pp.4-5
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