謝辞。論文指導教員のほかに,誰かが口頭の助言とか,稀覯本の貸与とか,そのほかの援助をもって君を助けてくれたとしたら,論文の終わりとか冒頭において感謝の辞を挿しはさむのは良い習慣だ。それはまた,君があちこちの人びとに相談して,一生懸命にやっていることを示すのにも役立つ。指導教員に感謝するのは悪趣味だ。君を助けてくれたとしても,それは当然の義務を果たしただけなのだから。
君の指導教員が憎悪し,忌み嫌い,侮蔑しているような研究者に対して,君が受けた恩義を表明したり,感謝したりする羽目になるかもしれない。すわ,学界の重大事件だ。だが,それは君のせいなのだ。君が指導教員を信頼していて,しかも彼が君にあの人物はまぬけだといったとすれば,君はその人物に相談すべきではなかった。または,君の指導教員が開放的な人であって,自分の学生が自分と意見を異にする典拠に訴えることをも容認するとしても,おそらく,この事実を論文審査の際に節度ある話題にすることはあるまい。あるいはまた,君の指導教員がむら気で,羨ましがり屋で,独断的な悪党であったとすれば,君はそういう気質の人物を指導教員にすべきではなかったのだ。
ウンベルト・エコ 谷口 勇(訳) (1991). 論文作法—調査・研究・執筆の技術と手順— 而立書房 pp.220-221
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