これは簡単に答えの出る問いではない。まず,人種という言葉が何を意味するか,明確な合意がない。遺伝子的観点からも,皮膚の色はあてにならないとわかっている。移住した先で新しい環境に合わせて皮膚の色が変わることは先ほども説明した。また
最近の遺伝子研究によれば,北アフリカの人は肌の色こそアフリカ中央部や南部の人に似ているが,遺伝子的には薄い色の肌をしたヨーロッパ人に近いらしい。
一方,ユダヤ人は,金髪に青い目だろうと黒髪に黒い目だろうと,ユダヤ人にしかない遺伝子を共有しているようだ。これも最近の遺伝子研究でわかったことだ。ユダヤ人は宗教的な伝統を維持するために自分たちを3つのグループに分けている。そのグループは,それぞれの祖先が聖書のどの部族にあたるかが基準になっている。コーヘンは,モーセの兄で初代の大司祭アロンを先祖とする司祭一族のメンバー。レヴィは,代々神殿に奉仕していたレヴィ族の子孫。その他の12の部族の子孫は単にイスラエル人(びと)と呼ばれる。
コーヘンとイスラエル人のDNA標本を多数集めて比較をした研究グループは,その結果に驚いた。コーヘンの人たちは世界中に散らばっているにもかかわらず,コーヘンの人に共通する独特の遺伝子はほんの2,3人の男性から子孫に伝えられたものだとわかったのだ。DNAを採取したコーヘンの集団にはアフリカ出身の人もアジア出身の人もヨーロッパ出身の人もいて,外見は,白い肌に青い目の人から褐色の肌に茶色い目の人までさまざまなのだが,ほとんど全員がひじょうによく似たY染色体をもっていた。この結果だけでも驚きだが,研究グループはさらに,コーヘンの最初の2,3人の遺伝子が生きていた時代まで推定することに成功した。それはいまから3180年前だという。出エジプトとエルサレムの第一神殿破壊のあいだ,もっと正確に言えば,大司祭アロンが大地を歩いていたころである。
シャロン・モアレム,ジョナサン・プリンス 矢野真千子(訳) (2007). 迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来るのか 日本放送出版協会 p.86-87.
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