科学者というものは,基本的に自分の言語の主人である。研究の結果,新しい概念を導入し,必要とあらばそれに新しい名前を付けるのが,科学者たる者の仕事なのである。そこで使われる語や記号は,なによりもまず,曖昧さを残さず物事を手短に伝えるためのものである。こうした記号は,適用範囲が制限されていた方がよく,無用な意味の含みがあってはならない。だからこそ科学者は,日常言語の音声や意味の場に埋め込まれていない言語的素材を好むことが多いのである。科学者が用いるのは省略記号であり,固有名詞であり,ギリシア語やラテン語の単語である。これらは,できるかぎり概念を傷つけずに,自由に定義された内容と結びつくことができるのである。
他方,無定形のプラスチック・ワードを使う者たちは,ことばの奴隷となりやすい。プラスチック・ワードを手にとって調べることはできない。その代わりに,幅広い領域を見渡しているような幻覚をもつことができるのだ。プラスチック・ワードが備えているのは,何よりもまず社会的機能であり「威光」である。ギリシア文字のエプシロンでさえ,アインシュタインの有名な方程式でエネルギーを表わすとなると,日常言語のなかで人を圧倒する威光を獲得することができる。
ウヴェ・ペルクゼン 糟谷啓介(訳) (2007). プラスチック・ワード:歴史を喪失したことばの蔓延 藤原書店 pp.107
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