たいていの人はくしゃみを症状だと思っている。しかし,そうともかぎらないという話をこれからしてみたい。ふつうのくしゃみというのは,鼻から入ってきた異物をそれ以上奥に入れないようはじき飛ばすという,生まれつき体に備わった防衛機構だ。しかし,風邪をひいたときに出るくしゃみはどうだろう?上気道の粘膜細胞にすでに入りこんでしまった風邪のウイルスは,くしゃみぐらいで追い出せるはずがない。この場合のくしゃみは全く別の意味をもつ。風邪のウイルスは人間のくしゃみ反射をどうすれば引き出せるかを学習し,それを利用してウイルスをあなたの家族や同僚,友人たちに広めようとしているのだ。
そう,くしゃみはたしかに症状だが,風邪をひいたときに出るくしゃみはあなたを守るためではなく,ウイルスの利益のための反応だ。僕たちは感染症にかかったときに出るさまざまな反応を症状だと思っているが,それは人間に取りついた細菌やウイルスが,つぎの宿主に乗り移るための手助けをするよう宿主操作をした結果なのかもしれない。
シャロン・モアレム,ジョナサン・プリンス 矢野真千子(訳) (2007). 迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来るのか 日本放送出版協会 p.139
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