エキスパートがひとを平伏させるのに使う議論のやりかたは,罵倒戦術である。彼につき従わない者は,絶望的なまでに取り残される。その者が寝坊しているあいだに,発展の列車は通り過ぎてしまったのだ。エキスパートは「善/悪」の対を「進歩/退歩」の対に取り替え,それによって自分流の価値秩序を配備する。ここで彼は豊富な語彙を手中にしている。一方の側には,「近代的」「時代の先端を行く」「明るい未来」のような,わくわくするようなおまじないがある。もう一方の側には,「古くさい」「時代遅れ」「時代の遺物」「かびが生えた」などの弱々しい外見がある。実際には,ある領域で進歩であるものが,別の領域ではまったくの退歩であることも十分にありうる。けれどもエキスパートは,いとも朗らかに,知識の進歩を大河の流れとしてイメージするという科学の基本的メタファーをなんの修正もなしに社会に転用する。まるでどこでも進歩には異なる顔がないかのように。
ウヴェ・ペルクゼン 糟谷啓介(訳) (2007). プラスチック・ワード:歴史を喪失したことばの蔓延 藤原書店 pp.173-174
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