より深刻な頭部の傷や頭蓋骨折に対しては,ヒポクラテスは「頭蓋開口術」を行った。患者を椅子に座らせ,錐やのみを使って頭蓋骨に穴をあけるのだ。摩擦熱で工具が熱くなるため,冷水を入れたバケツが近くに置いてあった。穴の周囲と骨の破片をきれいにして元にもどすと,墨汁かハトの血で隙間をふさいだ。この手術をしなければ死んでいたはずの患者が回復することも多かったらしい。
それに比べると,てんかんについてのヒポクラテスの見解はあまり実用的ではない。彼は,てんかんは脳が溶け,心臓の中の粘液が固まって起こると考えていた。子供の脳は特に溶けてぐちゃぐちゃになりやすく,日なたや火の近くに長時間たっていると一層溶けやすいということだった。さらに,精神病の原因は脳がふやけることだと信じており,胆汁が過剰な人は興奮しやすく,粘液質の人はむっつりして引っ込み思案だと考えていた。ガレノスは,脳を「粘液の大きな塊」と呼んだこともあったが,脳の神経のいくつかは意志の力を運ぶために硬いと考えた。これがよく言われる「鋼鉄の神経」である。
ネイサン・ベロフスキー 伊藤はるみ(訳) (2014). 「最悪」の医療の歴史 原書房 pp.18-20
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