中世の医師はみな,古い時代の医療や書物を崇め奉っていた。特に崇拝されていたのがヒポクラテスとガレノスである。彼らの著作には,時代を越えてすべての医師が知っておくべき医療のすべてが記してあると信じられていた。医学理論は古代から一歩も前進しないままだった。
中世の医師はとりわけ学問を重んじ,実践を見下していた。彼らの仕事は患者にああだこうだと蘊蓄を傾けることで,治療することではないのだった。伝染病であろうとなかろうと,患者の体に触れるのは避けるべきだとされていた。
実際,中世の医師は口先でうまいことを言うのは得意だった。12世紀の著作家ソールズベリーのヨハネスは「彼らが熱弁を振るうのを聞くと私はうっとりしてしまい,彼らは死人を起こすことさえできると信じそうになる。私がそれをためらう理由はただひとつ,さっき言ったことと今言ったことが食い違っているからだ」と書いている。
ネイサン・ベロフスキー 伊藤はるみ(訳) (2014). 「最悪」の医療の歴史 原書房 pp.28-29
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