もう少し最近の2005年に発表されたイタリアの研究は,水中出産の安全性を確認したばかりか,その利点をも示してみせた。この研究はある病院で8年間にわたり,1600例の水中出産を同病院での同時期の通常の出産と比較観察したものだ。
まず,母子ともに感染症にかかる割合は水中出産だから高いということはなかった。むしろ,新生児が吸引性肺炎にかかる割合は水中出産のほうが低かった。赤ん坊は顔に直接空気が触れるまでは肺に空気を吸い込まない。水中にいる潜水反応によって,息を止めている。ちなみに,母親の子宮内にいる胎児も「息」はしているが,吸い込んでいるのは空気ではなく羊水だ。この擬呼吸運動は肺の発達に欠かせない。さて,通常の出産法では,赤ん坊は顔に直接空気が触れたときにはじめて息を吸う。このとき,医者や助産師が赤ん坊の顔をきれいに拭いてやる前に赤ん坊が大きく息を吸ってしまうと,分娩時の残余物や母親の汚物がいっしょに肺の中に入ってしまい,感染症を引き起こす場合がある。これが吸引性肺炎だ。だが,水中で出てきた赤ん坊はまだ呼吸をしていないので,汚れた水を「吸う」ことはない。医者や助産師は赤ん坊が水中にいるあいだに落ち着いて顔を拭いてやり,それから外に出してやればいいのだ。
この研究では他にもさまざまな利点が浮かび上がった。水中出産した初産の妊婦は分娩第一期の時間がひじょうに短かった。温水につかることで張りつめていた神経や筋肉がほぐされたのか,あるいは何か別の効果があったのか,ともかく分娩が加速された。
また,水中出産した妊婦で会陰切開が必要になった人の割合も少なかった。会陰切開とは,妊婦の膣口が避けるのを防ぐためにあらかじめメスで切って広げておくという外科処置で,病院での出産では日常的におこなわれている。だが,水中出産では皮膚がやわらかくなるので,この処置が必要になるケースは少ない。
そしてもっとも注目すべきは,水中出産した妊婦のほとんどが鎮痛剤なしですませたことだ。通常の出産では66パーセントの女性が求める硬膜外麻酔を,水中出産の女性は5パーセントしか求めてこなかった。
水中での新生児のふるまいを観察すると,アクア説がますます確かなものに思えてくるかもしれない。子どもの発達を研究していたマートル・マクグローは1939年に,乳児は水中で反射的に息を止めるだけでなく,水をかくように腕をリズミカルに動かすことを本に書いた。マクグローは,この「水になじんだ」動作が本能的なものであること,生後4か月頃まで続くことを見出した。4か月を過ぎると水中での体の動きはぎこちなくなる。
生まれてすぐに泳げるなんて,アフリカのサバンナの暑く乾いた大地で進化したとされる動物の赤ん坊にしてはできすぎの能力ではないか。その赤ん坊は,生まれたときにはお乳を飲むか眠るか息をする以外のことは自分で何ひとつできないというのに。
シャロン・モアレム,ジョナサン・プリンス 矢野真千子(訳) (2007). 迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来るのか 日本放送出版協会 p.241-243
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