窃盗を疾病とみなす考え方のもうひとつのルーツは,フィリップ・ピネル(1745〜1826年)が1806年に著した『精神病論』に見られる。ピネルはナポレオンの侍医を務め,近代精神医学の父と呼ばれた人物だ。精神病患者を鎖で拘束するのに反対したことで知られる。精神疾患の体系的な診断法を開発し,それをパリで他の医師たちにも教授した。
1816年,ピネルの弟子でスイス人のアンドレ・マティは,ギリシャ語の“kleptein(盗む)”と“mania(狂気)”を組み合わせて,窃盗症を意味する“klopemania”という新語を作った。アンドレ・マティは“クロプマニア”に分類される盗みを「窃盗傾向」と「必要のない窃盗」と呼び,この種の形質があがって盗みをした者を何人か例示している。マティはクロプマニアの窃盗衝動は「持続的だが,錯乱をともなうことはほとんどない」とし,「理性は維持されており,この隠された衝動を抑えようとするが,“窃盗傾向”が意思を凌駕する」と考えた。こうした理論は,法廷での万引きの無罪判決につながった。
レイチェル・シュタイア 黒川由美(訳) 万引きの歴史 太田出版 pp.54-55
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