この数百年,万引き(ショップリフティング)といえば店(ショップ)から物を盗むことだった。ところが,20世紀末以降の音楽業界のお偉方の言うとおりだとすれば,いま私たちは意識変革を迫られている。ショップリフティングが消えてしまうかもしれないのだ。ほかのあらゆることと同じく,万引きもオンライン上へ移行している。
1999年,CDを万引きすることなど考えたこともない善良な市民が楽曲を違法にダウンロードしはじめ,そうした行為を非難する側はこれを“電子万引き”と呼んだ。ピアツーピア(P2P)(ネットワーク上で対等な関係にある端末間を相互に直接接続し,データを送受信する通信方式)の各種ファイル交換サイトが,音楽配信サービスを行う<ナップスター>に取って代わったあとも,この呼び名は残った。
2002年,このようなサイトの規制を検討する<米国議会公聴会>が開かれ,ヴァージニア州選出のある議員はファイル交換ソフト<カザー>を“ホーム・ショップリフティング・ネットワーク”と呼んだ。P2Pファイル交換を万引きと呼ぶ人々は,実店舗での万引きよりも電子的な万引きに重い処罰を科すべきだと主張し,違法にファイルを交換した者(大学生や主婦も多かった)には,従来の万引きより何倍も高い罰金が科せられた。
それと同時に,かつてアビー・ホフマンやイッピーが万引きを“解放”と呼んだのと同じく,コンピューターの名プログラマーやシリコン・ヴァレーの起業家,技術系ジャーナリストたちは,P2Pファイル交換は万引きではなく“取り引き”だと反論した。彼らの言い分はこうだ。インターネットのファイル交換プログラムという新領域には,従来の財産権法を適用すべきではない。なぜなら,そのようなプログラムを使っても(文字どおりの)ショップリフティングなどできないし,犯罪とは言えないからだ——音楽はチューインガムのように盗むことのできる物ではないから,ファイル交換行為は万引きではない。
さらに,P2Pは商業性の低い楽曲を広く普及させることによって音楽業界を助けている,という意見まで出てきた。オランダのあるファイル交換企業は,自社を“正直な泥棒”と謳った。しかし,電子万引きとCDの万引きとの関係でいちばん知りたい次の疑問の答えは,いまだに出ていない——「P2Pファイル交換で有罪になった人は,<タワーレコード>米国法人が倒産する前に店舗でCDを万引きしたことがあったのだろうか?」ということだ。
レイチェル・シュタイア 黒川由美(訳) 万引きの歴史 太田出版 pp.137-138
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