ゆとり教育がフィンランド型の教育に近い線を狙っていたのだとすれば,理念そのものには大きな問題はないように思える。筆者の考えでは,ゆとり教育が受け入れられず,現場が混乱した決定的な要因は,導入のタイミングが悪かったことである。中央教育審議会第一次答申(1996年7月)には,受験戦争によって子どもたちの生活からゆとりが失われているという趣旨の指摘がある。答申は1996年だが,問題が発生していたのは,これ以前であり,受験戦争の激化がゆとり教育導入に対する追い風になっていたのは間違いない。
しかし当時でも,人口統計を眺めてみれば,少子化が起きることははっきりしていたはずである。少子化につれて,受験が緩やかになり,受験については自動的に「ゆとり」が発生する。少子化のタイミングでは,ゆとり教育を導入しないほうがよかったと言わざるを得ない。逆に言えば,子どもの数がどんどん増えているという状況であれば,ゆとり教育に対する抵抗もずっと少なかったに違いない。子どもの数が増えている時代には,つめこみ教育が批判されており,ゆとり賛成派が多数派だったのだ。
神永正博 (2008). 学力低下は錯覚である 森北出版株式会社 p.35
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