社会の崩壊を理解するために提起した5つの要因の枠組みのうち,アナサジの崩壊には4つの枠組みが関与している。まず,さまざまな型の人為的な環境侵害,ここでは特に森林破壊とアロヨの下方侵食がある。また,降雨と気温の面での気候変動もあり,その影響は,人為的な環境侵害の影響と相互に作用し合った。そして,友好的な集団との内部交易も,崩壊に至る過程に大きく関与している。異なるアナサジの集団は,互いに食物,木材,陶器,石,贅沢品などを供給し合って互いを支えながら,相互依存型の複雑な社会を構成していたが,同時に,その社会全体を崩壊の危険にさらしていた。宗教的要因と政治的要因は,複雑な社会を維持するのに不可欠な役割を果たしていたようだ。具体的には,物々交換の調整をすること,外郭集落の人々に動機付けを行い,食物,木材,陶器などを政治と宗教の中心地に供給するよう促すこと。5つの要因のうち,ただひとつ,アナサジ崩壊に関与したという確証がないのは,外部の敵だ。アナサジ内部には,人口の増加と気候の悪化に伴う戦闘が確かにあったものの,アメリカ南西部の文明は,人口密度の高いほかの社会とのあいだに距離がありすぎて,深刻な脅威を覚えるほどの外敵は存在しなかったのだろう。
ジャレド・ダイアモンド 楡井浩一(訳) (2005). 文明崩壊:滅亡と存続の命運を分けるもの(上巻) 草思社 pp.246
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