あなたがもし,イヌイットの女性に自分の体型に合わせたカヤックを作ってもらいたかったら,あるいはその女性の娘と結婚したかったら,その前にまず友好的な関係を築かなくてはならない。ところが,ここまで見てきたように,ノルウェー人たちは最初から“悪しき態度”を取り,ヴィンランドのアメリカ先住民とグリーンランドのイヌイットを“愚劣な民”などと呼んで,その両方の場所で最初に会った先住民を殺害した。教会を信奉する彼らは,中世ヨーロッパに広く浸透した異教徒への侮蔑意識を胸に抱いていた。
悪しき態度の裏にあるもうひとつの要素は,ノルウェー人が自分たちこそ北の狩場(ノルズルセタ)の先住民であり,イヌイットを“もぐり”だと考えていたことだ。ノルウェー人はイヌイットより何世紀も前にそこを見つけ,狩りをしていた。北グリーンランドのイヌイットが狩場に現れたとき,セイウチを自分たちの獲物だと思っていたノルウェー人が,イヌイットの捕獲したセイウチの牙に対価を支払う気になれなかったのも無理はない。それに,そのころには,イヌイットの喜ぶ交易品である鉄が,ノルウェー人たちにとっても希少な必需物資になっていたのだ。
ジャレド・ダイアモンド 楡井浩一(訳) (2005). 文明崩壊:滅亡と存続の命運を分けるもの(上巻) 草思社 pp.418-419
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