ところが,オーストラリアの大部分では,降雨がいわゆるENSO(エルニーニョ南方振動)に左右される。つまり,1年ごとの降雨量が予測不可能で,10年単位ではさらに予測不可能になる。オーストラリアに入植した最初のヨーロッパの農業経営者と牧畜業者は,ENSOによって決まるこの国の気候のことなど知るすべもなかった。ヨーロッパではこの現象の発見はむずかしく,気候学の専門家でさえ,最近数十年でようやくそれを認識するようになったほどだ。オーストラリアの多くの地域では,最初の農業経営者と牧畜業者が,湿潤な年の続いた時期に渡来したという不運があった。そのせいで彼らは惑わされて,オーストラリアの気候を見誤ってしまい,目に映る好ましい状況が標準だと思い込んで,作物やヒツジを育て始めた。実のところ,オーストラリアの農地の大部分では,作物の生育に十分な降雨がある年はむしろめずらしい。たいていの場所では,降雨が足りる年と足りない年がほぼ半々で,いくつかの農業地域では10年のうち足りるのが2年程度だ。そのせいで,オーストラリアの農業は費用がかさみ,採算が成り立たない。農業経営者が耕作と種まきに金を費やしても,作物を収穫できない年が半分以上あるのだ。さらに,もうひとつの不運な状況として,農業経営者が地面を耕作し,前回の収穫のあとに出てきたなんらかの雑草の被覆ごと地面の下を掘り起こして,裸の土壌がむき出しになることが挙げられる。もしその後,農業経営者が種をまいた作物が育たなければ,土壌は裸のままで,雑草にすら覆われず,侵食にさらされてしまう。つまり,降雨量が予測できないせいで,短期的には作物栽培の費用がかさみ,長期的には侵食が増大するのだ。
ジャレド・ダイアモンド 楡井浩一(訳) (2005). 文明崩壊:滅亡と存続の命運を分けるもの(下巻) 草思社 pp.167-168
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