誤った推論に基づく理論の,悲劇的で有名な現代の事例に,第二次世界大戦のフランス軍の軍備がある。第一次世界大戦で凄惨な大虐殺を被ったあと,フランスは,ドイツによる次なる侵略の可能性から自国を護ることが不可欠と認識した。しかし不幸なことに,フランスの陸軍本部は,次の戦争でも,第一次世界大戦と同様の戦闘が行われるはずだと決め込んでしまった。先の戦争では,フランスとドイツのあいだに敷かれた西部戦線が,4年間も塹壕戦のまま膠着状態にあった。入念に守備を固めた塹壕で防衛を担った歩兵部隊は,敵の歩兵部隊の撃退におおむね成功し,攻撃部隊は,新しく開発された戦車を個別に配置して,もっぱら歩兵による攻撃の援軍にあたった。したがってフランスは,さらに巨費を投じて,入念な要塞システムであるマジノ線を作り上げ,東側のドイツとの国境を防御しようとした。しかし,第一次世界大戦に敗れたドイツ陸軍本部は,異なる戦略の必要性を認識していた。ドイツは攻撃の先鋒として歩兵ではなく戦車を利用し,散らばった機甲師団の中へ戦車の大部隊を進めて,かつて戦車に向かないとみなされていた森林地を抜けてマジノ線を迂回し,たった6週間でフランスを打ち破った。第一次世界大戦後の誤った類推に基づく理論で,フランス軍司令官たちは,ありがちな間違いを犯した。司令官たちはよく,来るべき戦争が前回の戦争と同じであるかのような計画を立てる。特に,前回の戦争で自軍が勝利を収めた場合には。
ジャレド・ダイアモンド 楡井浩一(訳) (2005). 文明崩壊:滅亡と存続の命運を分けるもの(下巻) 草思社 pp.222-223
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