もうひとつ,過去が照らし出す重大な選択は,価値観を捨て去る勇気を伴うものだ。これまで社会を支えてきた価値観のうち,変化した新しい状況のもとでも維持していけるのはどれなのか?見切って,新しいやり方に切り替えたほうがいいのは,どれなのか?ノルウェー領グリーンランドの住民は,自分たちがヨーロッパ人であり,キリスト教徒であり,牧畜を生業とするという意識を捨てきれず,その結果,死に絶えた。対照的に,ティコピア島民は,唯一の家畜であり,メラネシア社会の主要なステータスシンボルでもあるブタを,生態系を破壊するという理由で排除する勇気を持っていた。オーストラリアは今,イギリス型の農耕社会という固有性を見直す段階にある。過去のアイスランド,インドの各地に存在したカースト社会,近年では灌漑に頼っていたモンタナ州の牧場主たちが,個人の権利より集団の権利を優先させるという合意に達した。その後,彼らは共同の資源をうまく管理し,ほかの多くの集団が陥った“共有地の悲劇”を回避することができた。中国政府は人口問題が制御不能の段階へ達するのを恐れて,伝統的な生殖の自由に制限を加えた。フィンランド国民は,1939年,はるかに強大な隣国ソヴィエトに最後通牒を突きつけられたとき,命より自由を重んじる道を選んで,世界を驚かせるほどの勇敢さで戦い,戦争には負けながらその賭けには勝った。わたしがイギリスに住んでいた1958年から62年のあいだに,イギリスの人々は,かつて世界の政治,経済,軍事の王座にあったことから来る長年の自負心が,時代遅れになってきたことを静かに受け入れた。フランス,ドイツをはじめとするヨーロッパ各国は,それぞれが大事に守ってきた主権を欧州連合に従属させる道へ勇気ある一歩を踏み出した。
ジャレド・ダイアモンド 楡井浩一(訳) (2005). 文明崩壊:滅亡と存続の命運を分けるもの(下巻) 草思社 pp.365-366
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