楽観やポジティブ・シンキングの威力を賛美するびっくりするような主張は,そこらじゅうに掃いて捨てるほどある。「必要なのはただポジティブに思考することだけ。そうしていれば良い出来事は勝手に起こりはじめる」というやつだ。ポジティブに考えてさえいれば,たとえばがんは完治し,ずっと望んでいた仕事が手に入り,非の打ちどころのないすてきなパートナーが突然目の前にあらわれる——という具合に。エーレンライクが指摘するのは,この種の考え方が現実から完全にかけ離れた,ほとんど信仰の域に堕ちていることだ。
何人もの導師がどれだけ力説しても,思考自体に魔法のような力があるわけではない。だが楽観が行動と関連することや,その行動こそが利益をもたらすという点については,それを裏づける証拠がある。たとえば事故で下半身不随になっても,質の高い生活をぜったいにあきらめないと信じている人なら,みずからジムに通って上半身の機能を強化し,内にこもらずに外に出て,活発な社会生活を楽しめるようにしようとするだろう。
いっぽう同じ目にあっても,人生もう終わりだと思いこんでしまえば,その人はそうした行動をおそらく起こさない。人がどんな生活を送ることになるか,その質の差に深くかかわるのは,「ポジティブに思考する力」というよりも,「ポジティブな行動を起こす力」だ。これらふたつはたがいに無関係ではないが,楽観がもたらす実りを刈り取る役は,思考ではなく行動が果たすはずだ。
エレーヌ・フォックス 森内薫(訳) (2014). 脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋 pp.92-93
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