分子遺伝学の進歩を知るにつけわたしは,自分が研究室で行っている心理学や神経科学の研究と遺伝子科学とを結びつければ,「悲観的な人と楽観的な人がいるのはなぜか」という謎を解く大きな一歩になるはずだと考えるようになった。ところが分子遺伝学の世界では,どんなアプローチの仕方が最善かを巡って,ふたつの派閥が対立していた。わたしが足を踏み入れたのは,そうした派閥抗争の最前線だった。
ふたつの陣営の研究者はどちらも情熱的で強烈な個性派ぞろいで,自説を曲げて相手と折り合う気などまるで持ち合わせていなかった。双方の主張を簡単に言えば,こういうことになる。片方の陣営が提唱するのは,特定の神経伝達物質に影響を与えると判明している特定の遺伝子を,神経生物学をもとに研究することだ。これは<候補遺伝子アプローチ>と呼ばれる手法だ。いっぽう反対陣営の主張は,「問題の遺伝子を正確に突きとめられるほど神経生物学は進んでおらず,原因遺伝子を特定するには多数の人々の遺伝子をくまなく検証すべきだ」というものだ。この立場は<ゲノムワイド関連解析>と呼ばれる。
エレーヌ・フォックス 森内薫(訳) (2014). 脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋 pp.158-159
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