心に浮かんだ考えや映像にラベルを貼るだけで,前頭前野の抑制中枢を活性化させ,それによって扁桃体の反応をしずめることができる。デューク大学の神経科学者アフマド・ハリーリーは,脳スキャナーに横になった11人の健康な被験者に,2枚1組であらわれるたくさんの画像を見せ,その間の脳の状態を調べた。画像はたとえばヘビとこちらを向いた銃などで1組になっており,被験者はそのどちらかを,もうひとつ別にあらわれる画像とペアにするよう求められる。被験者は必然的に,画像の認識に集中していなくてはならない。画像はどれもすべて恐怖を感じさせる内容なので,課題をこなすうちに被験者の恐怖の中枢が作動し,警戒モードに入るはずだ。
ハリーリーはもうひとつ,より興味深い内容の実験を行った。今度は画像と画像をペアにするのではなく,画像と同時にあらわれるふたつの言葉のうち,画像が「自然」のものか「人工」のものか,正しくあらわすほうを選びとらなくてはいけない(サメ,クモ,ヘビなどの画像なら「自然」を,銃,ナイフ,爆発などの画像なら「人工」を選ぶことになる)。この作業で被験者に求められるのは,画像を感情的にではなく,言語的に解釈することだ。
実験の結果,脳の活性化パターンはふたつのケースで大きく異なることがわかった。研究チームの予想通り,前者の<ペアづくり>の課題のときには扁桃体に強い反応があらわれたが,後者の<ラベルづけ>の課題のときには,前頭前野が強く活性化し,それとともに扁桃体の反応が抑制されるという,たいへん興味深い結果が出た。<ラベルづけ>の作業で前頭前野の反応が強まり,それが扁桃体の反応を弱めることにつながったわけだ。
これらの反応パターンは次のことを示唆している。前頭前野と扁桃体との相互作用のシステムは,現在の経験を意識的に評価することによって,感情をコントロールしたり方向づけたりするのを助けている。うなり声をあげている犬など何かの危険に直面したとき人は,脳内のパニックボタンである扁桃体の指令だけに従うのではなく,前頭前野の助けを借りて,たとえば「その場から逃げられるかどうか」を考え,脅威の度合いを推し量っているものだ。そうすることで,脳内の<石器時代>の領域にある扁桃体の活動を抑制できる。恐怖に対する感情の反応を制御するうえで,この,前頭前野と扁桃体との回路は非常に重要な役目を果たす。不安症やパニック障害,恐怖症,PTSDや抑うつ症などさまざまな心の失調が起きるのは,レイニーブレインの根底にるこの回路が機能不全になるせいなのだ。
エレーヌ・フォックス 森内薫(訳) (2014). 脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋 pp.260-262
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